30歳を過ぎて大学院に進学した理由

私は30歳の時に東大医学部の大学院に入学しました。

 

理由はいくつかありますが、
一番大きかったのは、

「馬鹿にされない」

ためです。

 

20代で調剤薬局を起業した私は、
自分が採用した薬剤師から、
「馬鹿にされている」
と思うことが多々ありました。

 

もちろん、一応上司ですから、
誰も面と向かってそんなことは言いません。

 

ただし、病気や薬のこと、何もわかってない、
と思われていると感じることが多かったのです。
(そして、その時は本当に何もわかっていませんでした。)

 

というのも、私は経済学部の出身で、
薬局を始める前は銀行員をしていました。

病気や薬のこと、知っている訳がないですよね。

そこで、一念発起して、東大医学部の大学院を受験したんです。


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最初に医学部の事務所を訪ねて、

「私、文系出身なんですけど、

医学系大学院、受験できますか?」と尋ねました。

 

事務の方は、「そりゃあ、受けることはできますけど・・・」と鼻で笑われ、

「受かる訳ないでしょ」と言いたげ。

 

そこでまた、持ち前の負けん気に火が付き、

何が何でも合格してやろうと思いました。

 

それから6か月、薬局の仕事をしながら受験勉強しました。

当時の私の仕事は主に店舗開発。

薬局に良さそうな立地を見つけては、

薬局に貸してくれるように、その土地の地主さんを口説くというものでした。

 

午前中会社に籠って勉強し、午後は地主さんの家を訪問して交渉する、

という生活が続きました。

そして、8月、猛暑の中、受験に臨みました。

 

ひな壇型の大教室での受験だったことを覚えています。

合格発表は、学内の掲示板に番号が張り出されました。

「あったー!」結果は合格。

人生で一番うれしい出来事の一つになりました。

 

後で聞いた話ですが、合格者の95%は東大の医学部出身。

その中で、私は最高点で合格したそうです。

その6年後には博士号も取得して、東大では今でも客員研究員を務めています。

 

あの時、社員から馬鹿にされなければ、

事務所の人から鼻で笑われなければ、

今の自分はなかったかもしれません。

 

大学院に行ったことは、その後の自分の人生を大きく変え、

社会に対してできることも大きく変わったと思っています。